「精神科医は信用できるか (祥伝社新書 103) (祥伝社新書 103)」の紹介
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精神科医は信用できるか (祥伝社新書 103) (祥伝社新書 103)


精神科医は信用できるか (祥伝社新書 103) (祥伝社新書 103)
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この商品の感想

この考え方はわかる気がします。(一部)
朝青龍や精神科の説明自体は自分は現実をよく知らないので
信用できるかどうかはよくわかりません、言葉なんて筋が通ってる
ように書くだけならできなくはないので、いくら筋がとおってるように
聞こえても現実に同じことが起こっていないと意味はないと思うので。
ただ、いくら医学博士でも信用できるかどうかはわからない
という部分はかなり納得できます、
医学博士の大半が人間ではなく、動物実験で博士の資格をとっている
というのは現実に見ればわかるものを
これだけはっきり書いておられるので、おそらく本当のことでしょう、
そしてそれが現実ならとんでもないことです、
精神科なんてとてもじゃないですがいけません、
誰が信用できるかなんてさっぱりわかりません、
先生はもっと精神科の人間を増やすべきだというようなことを
おっしゃっておられますが、自分はむしろ逆だと思います。
そんないい加減な仕組みしかない現状でこのまま医者だけ増やし
たらどうなるか、たとえ誰かが努力していい医者を育てることができる
ようになったとしてもそれはおそらく一部のことでしょう、
国全体を変えようと思ったら何十年とかかるはずです、
全てを信用はできませんが、この本はためになる本だと思います。

良心的な精神科医
よくぞ書いてくれました、と言いたい箇所が沢山ある。

まずは日本の精神医療は生物学的精神医学が主流で、治療方法は精神分析やカウンセリングではなく薬物療法が中心であること。生物学的精神医学の研究者はDSMという診断マニュアルで診断すること。
ベテランの臨床医の中にはこういった風潮に批判的で、患者の話をじっくり聞くべきだと考えている者もいること。
それとDSMとICD−10という二つのマニュアルのうち、どちらを使用するかにより診断名が違ってくる可能性があること。
朝青龍に「神経衰弱」という診断名をつけた精神科医が、「そんな古臭い名前を」とメディアで非難されていたが、昔は良心的な医者ほどこの名前をつけていたこと。(確かに、私としても個人的に、トランプで「神経衰弱」というゲームを連想することもあって、この名前なら、解離性なんたらとかよりずっとショックは少ない。)
要は診断名より治療方針なのだ。
朝青龍の場合は元気になっているから、結果的に「モンゴル帰国」という治療方針が正しかったのだ。

それから、これまで発達障害と言われていたものが、必ずしも生物学的なものであるとは限らず、それがADHD(注意欠陥・多動性障害)であることにも触れているのは、勇気がある。和田は昔ADHDについて女性セブンで発言し、親の会から非常にヒステリックな抗議を受けている。にも拘らず、よく言った。本当にその通りだし。

しかし最も大きな功績は、カウンセリングの副作用について触れていることだろう。多くの者は、薬の怖さについては多かれ少なかれ耳にしたことはあるはずだ。しかし、カウンセリングの副作用が薬以上であることを知っている人は少ないと思う。
息子の家庭内暴力に悩んだ父親が息子を殺した事件の際には、子供の要求に服従しろとアドバイスしたカウンセラーを、なぜ罰しないのかと、私は思ったものだ。だが、よくよく考えてみると、あの父親は、一人ではなく複数のカウンセラーに相談しており、その中で、「子供に従え」というカウンセラーのアドバイスが最もしっくりきたのである。だからそのカウンセラーは、その父親の中の最も駄目な部分を「それでいいんだよ」と肯定してしまったのだと私は思う。

とまあ、色々考えさせられる本ではあるが、最終的には著者は、精神医療の有益性を肯定しているのである。私も、著者のような良心的な精神科医なら信用してもいいと思う。

医療の立場から
この本の書評欄を見て、生物学的精神医学者からのヒステリックな投稿が目立ち、長文であるが故に、それを参考にするという読者の方が多いようなので、あえて臨床を大切にする立場の精神科医として、この著者を擁護したい。著者が主張するように、アメリカと比べて日本の精神医学のトレーニングがお粗末なのは否めない事実である。また一般医学と異なり、精神医学の場合は、動物ではできない研究が数多くあり、そのためインパクトファクターの高い海外の一流の精神医学の雑誌でも、臨床研究の比率が高いのである。そして、これだけ大学の医局に残る比率が高いのに、日本人の論文がほとんど一流の雑誌に載らないのも事実である。解離性障害についても、アメリカでは離人症レベルのものも含み、軽症のものも含まれることを考えると、横綱を見ていない人が解離性障害という診断をうそだと断言することもできないだろう(私も違うとは思うが、少なくとも患者を診ずに、違うと断言するような精神科医のほうが信用できない)。それ以上に、この著者を擁護したいのは、精神療法にも生物学的治療法にも偏らず、精神医療を、この分量の割には包括的に論じている点だ。もちろん発売中止(発売禁止ではない)になった薬が掲載されているのは問題であろうが(その一点だけをとって、その医者が信用できないというのもどうかと思うが――現に『今日の治療薬』にもいまだに記載されているのだ)N爺氏も評しているように、穏当な内容の精神科のガイドブックが少ない中では、生物学的精神医学の立場の精神科医からは不快な内容でも、一般の患者さんやその家族に向けてのガイドブックとしては、比較的包括的で妥当な内容と言えるだろう。

表題よりも精神医療やカウンセラーについての記述が豊富
前半では安部総理とか朝青龍の例を挙げながら精神医療が分かりやすく解説されている。
カウンセラーについて臨床心理士、精神保健福祉士、産業カウンセラーとか、資格について知らなかったのでなかなか参考になった。
やっぱり名乗ったモン勝ちなナントカカウンセラーが蔓延してるんだなあ。
医学博士と大学病院に関しては他の本でもよく見るような感じだった。

誰が精神科医として信頼できないか
著者の臨床体験の欠落と、精神的な未熟さだけが浮き彫りになっている。鬱病に対してリタリンを用いることの有効性を敢えて強調すること、横綱に対する解離性障害の診断の妥当性を疑いもせずに受け入れることなど、良識ある精神科医として到底認める訳にはいかない。
鬱病に対してリタリンの効果があることなど、当たり前である。リタリンは実質覚醒剤と同じなのだ。ADHDやその他の障害に効果的なのも当たり前である。問題は、それに対する依存性にあるのだ。人間は弱い。症状が誰の目にも明らかな程改善されるのならば、直ぐにリタリンに依存してしまう。そして、それ無しでいられなくなった時、覚醒剤中毒患者と同じ状態の精神障害者が容易く生まれる。それは、皮肉にも氏が優れた病院として紹介している「赤城高原ホスピタル」に過去も現在も山ほどいるだろう。リタリンの持つ恐ろしさを全く知らない人間が、軽々しく一般人が誤解するような発言をするべきではない。
また、解離性障害という横綱に対する診断がどれほど臨床現場を無視した的外れなものであるか、臨床経験のある精神科医ならば誰でも分かるはずだ。解離性障害は、引退の危機や社会のバッシング程度で容易く発症するような病気ではない。レイプ、大災害、事故、虐待などの生命の危機や人間としての尊厳が破壊されるような深刻なストレス無しには、この病理はほとんど発現しないし、休息を取っただけで治癒するような軽い病気でもない。恐らく、氏は解離性障害の患者を過去に診たことが無いのだろう。
氏の著作には多々見られることだが、とにかく自惚れが酷過ぎる。自分だけは常に正しく、自分の判断は絶対に間違っていない、という過剰な思い込みが、他者に対する病的なまでの攻撃性となって現れる。東北大学、東大という氏を認めず、受け入れなかった大学機関に対する異常なまでの反発は、読んでいて見苦しい。何故、両大学が氏の業績を認めず、教授としての椅子を準備しなかったのか。それは、氏がこの本で指摘するような、大学の旧態依然とした体制のせいではないはずだ。単に、氏が評価に値するような業績を何も残せず、人間として未熟だったからであろう。それをはき違え、むき出しの敵意で自己を正当化する氏の異常なまでの自己愛に、正直言って危険なものを感じる。尚、博士論文が動物実験で行われるのには、きちんと理由がある。動物実験は人間では行えない、つまり生命を損ないかねない危険な実験を、生命システムが似た動物を代替に行うのである。人間でできる実験などは、はっきり言えば誰でもできるし、やる価値もあまりないのである。博士レベルに求められるのは、斬新で、過去に例がないカッティングエッジな実験であり、質的研究ではなく、統計処理された量的研究なのである。それが未だに理解できないから、著者は科学者として二流なのである。
本来精神科医とは、あらゆる医師の中で最も自省がきき、謙虚でなければ勤まらないものだ。精神科医として信頼に足らない人間が、他者を見下すという愚に一刻も早く氏が気づき、中井久夫や木村敏のような優れた精神科医のように、地道に臨床を積み研鑽されることを祈る。

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